2017年11月25日土曜日

地域を知るこの一枚「泊高矼と電車鉄橋」     (広報わかさNo.93)

続きまして。。。

11月発行の広報わかさNo.93の掲載記事。
「泊高矼と電車鉄橋(とまりたかはし と でんしゃてっきょう)」です。

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(広報わかさNo.93 掲載記事)

                                                                                  「泊高矼と電車鉄橋」戦前
                                                                                             写真提供:首里 琉染

国道58号線の安里川河口に架かる橋。
今では見られない電車が通るための鉄橋と人々が往来する橋が並んでいる。
電車が通過する際は大曲りするので高い軋音をたてたという。
古琉球時代から架けられたのではないかとされており、橋の下を船が往来できるように橋脚を高くしたことから、その名が付けられたようである。
橋からの眺望は素晴らしく沖縄三大名橋のひとつにあげられた。
何度かの修繕や沖縄戦での破壊もあったが、現在も沖縄の大動脈を支える重要な橋となっている。
通る際は、当時に想いをはせてみるのもおもしろいかもしれない。 

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上写真の左側が人や馬車が通るための橋で(よく見ると「泊高矼」の文字が見えます)
右側から中央に伸びているのが、電車鉄橋のようです。

ちなみに、那覇の海岸は多くが埋め立てられ、戦前とは形が変わっています。
地図を見比べてみると、よくわかります。
赤丸で囲った辺りが泊高橋の場所です。

橋からは、ニライカナイへつながるとされた海や、
今では見ることができない雪の崎〈ゆーちぬさち〉(青丸)を望むことができたのであろうと想像できます。


                          「今昔マップ on the web」より